本当は真面目なんだけど容量小さいので整理できない頭の中


by o00honey-bee00o

人と関わっていくこと

人間誰しも、一人では生きられないと言う
必ず誰かと関わって生きている

私の周りにいる年上の社会人の方々は、生活の中心に仕事があり、ということは、人格の中心は仕事によって形成されている
利害関係があるから、ワガママも抑えこみ、愛想笑いをしてやりすごす。
巧妙な駆け引きも時にはあるけど、当たり障りなくやりすごす。

反面、「趣味だから」という理由で、プライベートでは我慢しないことをポリシーにしている人も何人か知ってる。
過度な我慢は必要ないと思う。仕事でもプライベートでも。
そして、家族や恋人、長年の友人など、遠慮のない関係にある人に対しての態度と、社会的な態度が大きく違うことも。
そりゃもちろん、近しい人にだけ見せられる姿や、安らげる場所は必要だし、それで成り立つ絆もあるから、そういう関係の人がいることは素敵だと思う。
でも、その人たちにもひとつの人格があり、近しい関係であっても尊重するべきところや、礼を尽くすべきところはある。
そう考えると、誰かと関わって生きなくてはならないけど、自分と同じ人間は自分の外にはない。
言わなくても分かってるでしょ、はどこのコミュニティにも存在しない。
近しい人にも傷つけられることだって、全くないとは言い切れない。
自分のことは自分で決めなくてはならないし、強い衝撃を受けた時それを処理するのは自分だけ。
防御法を持っているかいないか
衝撃を食らった時に受身が取れるか
傷ついた時に薬を持っているか
誰かが守ってくれたり、癒してくれたりすることはある。そうやって救われていくものだと思う。
でも最初から、自分に都合のいい「誰か」がいることが前提になっていては、自分の足で歩いていけないんじゃないか。
誰かが何かをしてくれるのを待つんじゃなくて、自分で自分を癒せる方法を身につけておくことも必要なんじゃないか。

結局、どこにいても自分は自分しかいない。
自分を楽しくさせてあげられるのも。

なお、私は駆け引きとは思っていません
自分のやりたいことをやりたいようにやるために、できるだけ適切なタイミングで、誤解のないよう、丁寧に伝えているだけです。
断りきれずに仏頂面でやるより、丁寧にお断りしたほうがその後の雰囲気も壊さずに済む。
やりたくないことを渋々引き受けて、「なんで私がこんなこと…」ってなるくらいなら、断りゃええんよ
頼むほうも、「ちょっと演奏するだけだから」なんていうノリで来ることもあるので、
「私の実力では『ちょっと演奏するだけ』という感覚でできることはほぼありません。無責任なことはできないし、そのためには今回は準備ができかねます。」
「『ちょっと演奏する』ぐらいの存在感なら、なくてもいけるよ」
ぐらいかな。返答としては。
そして、もし、やりたくなくてもやると決めたんなら、人に迷惑をかけないように自分のやるべきことを全うすること。
自分に有利な環境を作るためじゃなくて、私も含めたみんなが楽しくやるため。

仕事以外の方が、お金の利害がない分、人とのお付き合いは難しいと思っています。
その人の自分への向き合い方も、すごくお人柄が出てるし。
逆も然りで。
自分をしっかり持っていないと、思わぬことになります。
勝手に撮られた画像(ステージ上ではない)をSNSにアップされたり、勝手にタグ付けされて知らない事柄に巻き込まれてたり、ネットワークビジネスのセミナーに連れて行かれそうになったり、翌日早朝から仕事なのに帰れなくなったり。

本来あたりまえのことが、この年になるまでむつかしさを引きずっているのであります。

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# by o00honey-bee00o | 2017-09-15 09:54 | 音楽

匂いと音の記憶

浜田真理子さんの曲を、何年かぶりに聞いています。
松江在住のシンガーソングライター。
松江の街にとても似合う音。
多すぎない音、ピアノが木でできているんだなあって分かる音作り。
つぶやくようなピアニシモ、力まず響くフォルテ。
静かな、水の都にぴったりの歌でした。

最近住んでいる街の雰囲気にはどうもしっくりこず、
そしてその頃のことを思い出してしまうから、
聞かないようにしてたし、新譜も買ってなかったんだけど、
昨日、広島であったライブで3年ぶりくらいに生演奏を聞いた。
最新アルバムに入っている曲を聞いて、
初めてなのに涙がじわっときた。
あなたの笑顔がとても好き
な気持ちが、私にも少し思い出せた。

そんなわけで、CDを買って帰りました。
そのころそのままが戻っては来ないけど、私にもまたあったかい気持ちが湧いてきますように。
好きなものに囲まれて暮らそう。
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# by o00honey-bee00o | 2014-10-21 15:35 | 音楽

井の中の蛙を育てる

公共ホールが、その土地の学校の吹奏楽部がコンクールで上位入賞を果たすお手伝い。

これって、どうなん?

たしかに、次世代育成。
中学生も高校生もこぞって参加する。
関係者は喜ぶ。上位入賞に近づくから。
長い目で見れば、管打楽器奏者の育成にはなる。

学校の部活を母体とした、地域文化の次世代育成。

だけど、コンクールの練習に地域全体で力を注げば、「吹奏楽」しか知らない、
「コンクールだけが全て」な人間が育つんじゃないだろうか。
その結果、高校を卒業したら楽器を持つことをやめてしまう、または吹奏楽しかしない、ということになってしまうんじゃないのかな。
吹奏楽しか聞かないんじゃ、吹奏楽でも大した表現できないんじゃないかと思うんだけど。
音楽文化全体の、長期的発展にはならないような気がする。
それで将来、地域の音楽文化を支えてくれる人材が育つんだろうか。

コンクールのレッスンなら、吹奏楽連盟でやれば?って思っちゃう。
公共ホールでやるならせめて、彼らがコンクールだけでなく、その先やその外にあるものが
ちらっとでも見えるような工夫をしてほしいなあ。
ネット上からだけでは伝わってこないけど…

企画者はニーズに応えることも大事だけど、迎合するだけでなくて、その先を見た提案ができるプロデューサーでなければいけないんじゃないのかな。

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# by o00honey-bee00o | 2014-07-31 15:57 | 仕事

なやみ

誰に言うことでもないけど、仕事と音楽活動の狭間で悩んでいる

5月は、仕事上で知ることとなった、行きたい演奏会に行かなかった。
この時代に生きている一音楽家(になりたい者)として、見ておきたい歴史上の出来事だったと思う。
戦後日本で活躍した偉大な現代音楽作曲家が逝去し、その友人であり大きな影響を与え合ったであろう指揮者が彼の作品を演奏するという会だった。
演奏するメンバーも、彼と心を通わせた人たち。
心あふれる、二度とない時間と空間だったことだろう。

その日に、私は自分の演奏活動を優先させ、隣町のイベントでジャズ(もどき)を吹いていた。
小さな町の、小さなイベント。たった5人のバンド。演奏した曲だって、スタンダードの、誰もが演奏したことのある曲。
アドリブも通り一遍すらできないような稚拙なものだった。←わたしは。

でも、どっちを選ぶのが「正解」だったのか、私には未だに分からない。

正解はなくて、どっちを選ぶかによって、これから私がなる姿が変わった瞬間だったのではと思う。
私はこの地に根を張り、この地の価値観で、この地を出ることなく生きていく人間となることを選んだんだと思う。
もちろんこの時1回の選択が全てを決めるのではなく、こういう選択ひとつひとつがこの先の私の選択肢をひとつずつ狭めていくんだと思う。
どういう者になるのか、より具体的に決まっていくんだと思う。

よかったのかな。
ここで、この範囲内で生きることを選択してよかったのかな。
じゃあそれを選択しなかったら、どうなってた?誰かと深く交わることがあっただろうか。
貴重な機会に、観客=「傍観者」として存在するか、ありきたりな機会でも当事者として存在するか。
観客である限り、誰かと誰かの深い交わりを、傍から指をくわえて見てうらやましがるだけで、何も手に入れられなかったんじゃないだろうか。
って、ずっと考えてる。

3月も4月も、自分の演奏活動を優先させて仕事を休んだ。
私1人が休むことなんてどうってことはなくて、代わりの誰かがやってくれる。
ただ、私はその場にいなくて、何人かの誰かの何かが変わる空気を感じることなく、
置いてきぼりにされてしまっているのではないだろうか。
1度だけならまだしも、周りはその瞬間に立ち会い、何かが変わる空気を何度も肌で感じて自分の積み重ねにしていくのに対し、私はよくて伝聞で、表面だけの経験を積み重ねたつもりになっていくのではないか。
一定期間が経ったとき、私大きく取り残されるのでは。
って、ずっと考えてる。

来月も仕事で何かが動く日に、演奏活動の予定が入ってきた。
代わってもらうことはいくらでもできる。
ただ、その場にいないで、優先させる演奏活動はどのくらい私自身にとって価値のあるものなんだろうか。
プロ級に上手いわけでもない、私以外のメンバーで出れない人もいる、それで生活している人もいない、私達の演奏が音楽史上大きな意味を持つものでもない
でも、私が仕事を選んだら、他のメンバーにとって大きな意味を持つかもしれなかった機会がなくなってしまうかもしれない。
自分の経験をとるか、メンバーの機会をとるか
いやそれは違うな メンバーにとっての「機会」が私にとって無意味かっていうとそれも違う

そうなると、私は
プレーヤーである自分

マネージャーである自分

どっちをとるかってことになるのかな

どっちか選ばなきゃいけないのかな
なんで毎度毎度重なるんじゃ

正直、ちょっと演奏活動をお休みしたい気分です
惰性でこなすのはメンバーにもお客様にも失礼
私にとって演奏活動がどういう意味を持つのか、はっきりさせてからやりたい。
はっきりしないなら家で自己完結でもいいくらい。

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# by o00honey-bee00o | 2014-05-25 18:12 | 音楽
東京事変の、「32歳の別れ」
車で聞いていたら、「そういう歌詞だったのか」と気がついたので全部読んでみたら、なんとも真理であったような気がする。



君は生真面目だと云うけど
僕は何時でも好い加減に泳いでるんだ。
顔を合わす度互いにに固い掟の牢屋へ
閉じ籠ってしまうね。
僕が居なけりゃ女にも男にもならなくて良いよ。

払った犠牲を競うの止めよう、情けなくなる。
時代が軋んで変わっていく音…聴こえる?
ほら誰の所為でもないさ。

君が居なけりゃ幸福にも不幸にもならなくて良いよ。
揺らいだ思いを惰性と呼ぼうか、切りがなくなる。

出会って赦して詰った日々の直向きな癖。
若くて夢中で壊して傷んで疲れ果てたいま、
時代が歪んで動いている音…聴こえる?
ほら僕ら離れ離れ。


出かけたブログも書くけど、誰と出かけたかとか分かるようなかけらは絶対に残しません。
邪推されるかもしれないけど、新しい相手ができたって思うことであなたの罪悪感が休まりそうな気がするから。
新しい恋をしたところで、それはそれ。この無念さ?虚無感?はそれとは別にある。
誰かと出かけたところで、気持ちが休まるように解釈されるのも癪だ。
そう思っていることが既に未練なのだけど。
仕方がないことも戻れないことももう十分分かったけど、まだ「どうしてこうなってしまったんだろう」っていう気持ちはぬぐいきれなくて。
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# by o00honey-bee00o | 2012-06-28 12:14 | 音楽